南京三十万人虐殺大嘘を暴きます

わがFB友の古田 修治さんの許しを得て掲載します。
南京の虐殺の大嘘について、貴重な証言もあります。
以下その記事です。

南京三十万人虐殺大嘘を暴きます!

南京攻略の為に日本軍は上海の南湾( 現上海飛行場近郊) から支那事変戦闘の口火を切る!

日本軍は毛沢東軍、蒋介石国府軍、四川省軍の三軍たが何とした事か戦わずして南に退却した毛沢東共産軍?

次にUターンしたのは四川省軍で乗って来た船で四川省に引き返す!

取り残された蒋介石国府軍は日本軍と戦闘二日目に西北に退却?

日本軍は勢い追跡すると南京城に国府軍は逃げ込み事も有ろうか南京市民から財産食料強奪の盗賊軍団に変貌?

翌朝日本軍総攻撃を知ると夜中に北側を流れる川から船に乗り黒竜江省に蒋介石軍は戦わずして敗走する!

日本軍は南京入城と同時に南京市民から強盗を追っ払ってくれたと大歓待されたのです??

当時南京城に入城した父から「南京市民から大歓迎されたが南京30万人虐殺は真っ赤な大嘘!

事実は日本軍が上海進軍を知り驚き逃げたアメリカ特派員が雇った中国人手下から上海南京の戦闘模様を通電させ中国兵戦死者六千人を知らされアメリカ特派員が軍部に報告・・!

軍部は戦わず逃げた毛沢東に懲らしめを含め「南京市民30万人死者!」と脅しの大嘘を伝達すると毛沢東は驚き南京を調査しアメリカの情報は嘘と知り南京市民を見殺しにした汚名が消え胸をなぜ下ろした!

だが終戦後東京裁判では毛沢東はアメリカの南京虐殺訴訟に口裏を合わせた人畜にも落ちる毛沢東で有る??

南京市民は今日でも卑怯者毛沢東を一番嫌う中国人民で有る事に間違い有りません!

自分は父に南京事件を再度詰問した時「南京に自ら出向き調べて来い!

中国のどんな本でも三冊読んでから行け!」と教訓んを受け28歳の時に南京街中央に飛び込み大小10店の食堂で南京市民と喋りまくった揮毫と手話で・・

南京市民は開口一番「日本兵たいサン優しい!毛沢東を嘘つき!・・蒋介石弱い台湾に逃げた!」・・

自分初めての中国入りで一変に中国人民大好きに成り十年後上海に日本空手道開設するに至る。

道場に息子を連れて来た李社長が頭を下げ「師範!四川省に道場開設して下さい!」と、何故?と聞き正すと「四川省人は日本人と戦争してません!

上海から軍隊引き返してますし顔も姿も人情も日本人と似ます」と堪能に日本語を話すので問うと「ハイ私は東京音大で学びました!でも日本凄い発展にピアノやってる場合で無いと!食は中国本場ですから方向転換しました!」と語る。

一年後に四川省の小学校の中に日本空手道場を開設は中国初の快挙でしたが誰も知りませんから自分で自慢してます!。

李さんは四川省発祥の珍麻婆豆腐の三代目で今は空手学んだ息子が社長です、澤井さん人生色々島倉千代子です。

以上、古田さんの自慢話でした。
古田さんに敬意を表して掲載させていただきました。

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】