王道日本の記事です。

教科書検定 一発不合格-

 

 

王道日本の記事です。

「歴史教科書をつくる会」の歴史教科書が今回不合格となったことが『月刊Hanada』の4,5月号に続けて載っている。

その経緯を見ると、「つくる会」の教科書を落とすために、相当の作為があったことが推定される。

なぜなら新しく「1発不合格」という判断基準を設け、それに該当するように、これまで合格とされてきた所まで欠陥箇所として積み上げられ、不合格とされたからである。

内容の詳細は細かいので興味のある方は直接当たってほしいが、これまで「つくる会」の味方であった安倍総理のみならず、一番の理解者であった萩生田文科相までが無対応のようである。

これは推定であるが、チャイナスクールや親中派の議員を通じて、「つくる会」の教科書を検定から落とすよう中国からの相当な圧力があったのではないか。

特定の歴史教科書を狙い打ちにしたかのような突然の検定基準の変更は、裏に政治的圧力があったと捉えた方が説明がつくのである。

中国は反日世論工作のためCIC(中国の投資会社)のお金2~3兆円を確保している。

これは2011年の秋、当時の中国・外交責任者であった薄キ来(今は失脚)が小沢一郎に語った言葉である。

この大量の資金を使っての反日活動は、江沢民の頃に始まったと思われる。

天安門事件で世界の非難を浴びた江沢民は、注目を「日本叩き」にすり変えることで、国内外からの批判の矛先を変えようとした。

戦前、日本軍が従軍慰安婦を「強制連行して性奴隷にした」として世界中に運動をしてきた韓国挺身隊問題協議会(今は正義協)や、米国でアイリス・チャンの『レイプ・オブ・南京』の宣伝や、マイク・ホンダ議員を使って慰安婦非難決議を策謀してきた世界抗日連合、そしてユネスコの世界記憶遺産への南京大虐殺の登録活動などは、その資金による。

当然、日本でもその資金は使われ、「安倍叩き専門」の新聞や記者に対し、中国系の広告出稿や直接の裏金という形で流れている。

どの新聞、どの記者なのかは想像してほしいが、執拗に安倍叩きをする日刊紙などはスパイ紙だと疑った方が良いのである。

何故、安倍叩きをするかというと、安倍総理は憲法改正に固執してきた。

中国から見れば、日本が強くなる憲法改正は避けなければならない。

中国がアジアの覇者となり、世界の覇者となるためには日本のみならず日米同盟を弱体化させる。

つまり日本を弱体化することがアメリカの弱体化にもつながり、中国の世界覇権が近づくのである。

その日本叩きの一環として「つくる会」の教科書不合格の策動があった。

日本人が自国の歴史に誇りを持つことは、「強い日本」をつくることになり、中国にとって困るのである。それを習金平の訪日前に為すことが、チャイナスクールや親中派の連中にとっての史上命題だったのだろう。

だからこの教科書問題は、「不合格の理由を明示せよ」と訴訟をするぐらいでないと勝てないだろう。

役人たちは、自分達のやった不正が公にされることを一番嫌う。

そのために必死に圧力を掛けてくるだろうが、「中国べったり」となった安倍政権に、あまり期待は出来ない。

ならば広く国民の関心事とするために訴訟という手段が分かりやすいと考える。

つくる会の方々には相当に厳しい局面であろうが、運動を続ければ必ず勝利する。

文科省に巣くう親中派やチャイナ・スクールの連中に負けて、内容を書き換えることはしないでほしいと願うものである。

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】

 

 

南京三十万人虐殺大嘘を暴きます

わがFB友の古田 修治さんの許しを得て掲載します。
南京の虐殺の大嘘について、貴重な証言もあります。
以下その記事です。

南京三十万人虐殺大嘘を暴きます!

南京攻略の為に日本軍は上海の南湾( 現上海飛行場近郊) から支那事変戦闘の口火を切る!

日本軍は毛沢東軍、蒋介石国府軍、四川省軍の三軍たが何とした事か戦わずして南に退却した毛沢東共産軍?

次にUターンしたのは四川省軍で乗って来た船で四川省に引き返す!

取り残された蒋介石国府軍は日本軍と戦闘二日目に西北に退却?

日本軍は勢い追跡すると南京城に国府軍は逃げ込み事も有ろうか南京市民から財産食料強奪の盗賊軍団に変貌?

翌朝日本軍総攻撃を知ると夜中に北側を流れる川から船に乗り黒竜江省に蒋介石軍は戦わずして敗走する!

日本軍は南京入城と同時に南京市民から強盗を追っ払ってくれたと大歓待されたのです??

当時南京城に入城した父から「南京市民から大歓迎されたが南京30万人虐殺は真っ赤な大嘘!

事実は日本軍が上海進軍を知り驚き逃げたアメリカ特派員が雇った中国人手下から上海南京の戦闘模様を通電させ中国兵戦死者六千人を知らされアメリカ特派員が軍部に報告・・!

軍部は戦わず逃げた毛沢東に懲らしめを含め「南京市民30万人死者!」と脅しの大嘘を伝達すると毛沢東は驚き南京を調査しアメリカの情報は嘘と知り南京市民を見殺しにした汚名が消え胸をなぜ下ろした!

だが終戦後東京裁判では毛沢東はアメリカの南京虐殺訴訟に口裏を合わせた人畜にも落ちる毛沢東で有る??

南京市民は今日でも卑怯者毛沢東を一番嫌う中国人民で有る事に間違い有りません!

自分は父に南京事件を再度詰問した時「南京に自ら出向き調べて来い!

中国のどんな本でも三冊読んでから行け!」と教訓んを受け28歳の時に南京街中央に飛び込み大小10店の食堂で南京市民と喋りまくった揮毫と手話で・・

南京市民は開口一番「日本兵たいサン優しい!毛沢東を嘘つき!・・蒋介石弱い台湾に逃げた!」・・

自分初めての中国入りで一変に中国人民大好きに成り十年後上海に日本空手道開設するに至る。

道場に息子を連れて来た李社長が頭を下げ「師範!四川省に道場開設して下さい!」と、何故?と聞き正すと「四川省人は日本人と戦争してません!

上海から軍隊引き返してますし顔も姿も人情も日本人と似ます」と堪能に日本語を話すので問うと「ハイ私は東京音大で学びました!でも日本凄い発展にピアノやってる場合で無いと!食は中国本場ですから方向転換しました!」と語る。

一年後に四川省の小学校の中に日本空手道場を開設は中国初の快挙でしたが誰も知りませんから自分で自慢してます!。

李さんは四川省発祥の珍麻婆豆腐の三代目で今は空手学んだ息子が社長です、澤井さん人生色々島倉千代子です。

以上、古田さんの自慢話でした。
古田さんに敬意を表して掲載させていただきました。

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】

南京大虐殺は無かった

南京で、民間人への虐殺が無かった「動かぬ証拠写真」を添付します。

虐殺が有ったならば、絶対に生じない光景です。

なお、教科書では、南京事件と書いておりますが、(これは、戦闘ですから正式名称は、南京事変または、南京攻略戦です。)事件という名称にこだわりたい意図があるのでしょう。正しくない書き方です。

民間人への虐殺が、無かった動かぬ証拠写真!

宣言文には、「日支連携」の文字もあります。日本が信頼されていた明らかな証拠です。

教科書会社も、調査官も、審議官も、文科大臣もこのような証拠を見て見ぬふりしているのでしょう。

なんと言ったってあの朝日が、特集したアサヒグラフですから。

自分で証拠写真を撮っていながら、南京大虐殺があったと、記事を書きまくっていたのですから笑ってしまいます。

報道機関として許しがたい暴挙です。

あの「従軍慰安婦」を捏造した記事を36年近くも誤報と言い垂れ流していました。

我々、一般人よりも多くの情報を持っているプロの新聞社が、臆面もなく誤報でしたとよく言います!そういうのを世間では、「確信的捏造記事」と言いますよ。

さて、写真は、「避難していた市民も日の丸と五色旗を振って祝い、式場には3万人の参加者がつめかけた。」

(下段の写真は南京城です。)というものです。

なお、写真に説明書きとは、別に「解説」の欄がありますが、この解説は水間正憲氏によるものです。

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支那人による南京自治委員会の発会式挙行1938年1月1日
南京自治委員会発会式における陶錫三会長の宣言朗読

南京難民区に避難していた市民も日の丸と五色旗を振って祝い、式場には3万人の参加者がつめかけた。

新政権の出現を祝い、国民政府の悪政を非難する主意書および同政府と絶縁して目指す政治を示す以下の宣言が発表された。

一、国民党の一党専政を廃止し民衆を基礎とする政治を実行す
二、各種親日団体と合作し日支提携の実を挙げもつて東洋平和の確立を期す
三、防共政策を実行し抗日、排日思想を絶対に排除し欧米依存の観念を矯正す
四、産業を振興し民衆の福祉を増進す
五、広く人材を登用し民衆自治の徹底を期す

        南京自治委員会発会宣言

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【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】

「新しい公民教科書」

教科書検定 一発不合格

世界的視野に立って、日本国と日本人の自画像を品格とバランスをもって活写する。

その素晴らしき使命を持ち子供達の為に書かれたのが『新しい歴史教科書』です。

日本人として大いなる誇りを持てる唯一の歴史教科書です。

私は、その意気を感じて、制作のマネジメントのお手伝いを7~8年間ほどやってきました。

21世紀に生きる子供達に自信を持ってアッピールできる教科書です。

しかし、その大事な教科書を、日本を貶めたいと画策する文科官僚が、理不尽なやり方で有無を言わさず不合格にしてしまいました。

国が民間の会社を潰す構図です。

あってはならない事であり、文科省内で跋扈している存在の正体が見えてくる。

そして、あろうことか合格したのが、反日的なフェイクの歴史である「従軍慰安婦」、「南京虐殺」を書いた教科書です。

文科大臣と言う存在は、このようなことを許してはならないのです。

この事実は、スイスの民間防衛に示された「武力を使わない乗っ取り段階」の5段階、いや最終段階に置かれていることを示しているかの様です。

その最終段階とは、「国民が無抵抗で腰抜けになった時」彼の国が日本を乗っ取るという恐ろしき段階のことです。

今の日本は、その重大な岐路に立たされています。

だからこそ検定不合格になった『新しい歴史教科書』を、日本を救うために、今こそご支援を!
そして、中学生には日本の正しい歴史を知るために、今こそ読んで頂きたい!

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】

近隣諸国条項の規定

不正検定

王道日本 佐野雄二氏ブログ、
急所を突いていますので転載します。

「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書が不合格となったことで、近隣諸国条項の規定があらためて問題となっている。

近隣諸国条項とは、1981年の宮沢喜一官房長官時代に、「日本史教科書が、中国・華北への『侵略』という表記を、検定で『進出』に書き直された」という誤報が発端となり、中国・韓国が抗議して外交問題となった。

それを受けて「近隣諸国に必要な配慮をする」という検定基準が設けられた。

この規定は、その後の歴史教科書が左傾化し、自虐的になる根拠ともなっている。

最近では「日本が侵略戦争をした」だけでなく、「南京事件の犠牲者が30万人」とか、「1949年の中共政権樹立は連合政権だった」と記述するよう修正を求められたり、聖徳太子を「厩戸王(うまやどおう)」と変えろとか、常軌を逸した指導となっている。

この検定官の左傾化の問題は相当に深刻で、内情を探ると、過去に「野田英二郎事件」というのがあった。

2000年の検定時に、外務省チャイナスクール出身の野田という人物が検定調査審議会の委員を務めていた。

彼は元駐インド大使で日中友好館副会長を努めていて、「つくる会」の教科書に「中国に対して失礼だ」、「不合格にすべきだ」と、他の委員に手紙や電話で不合格を働きかけたのである。

その行動が産経新聞のスクープで表ざたになり、彼は外されたが、後日、外務省の御用学者から、「何であんなことを書くのか。

審議会の委員が意見を言うのは当然だ」と圧力があったという。

結局、色々批判があるのに、近隣諸国条項が今でも守られているのは、外務省・チャイナスクールと日本の「歴史学会」を牛耳る左翼学者、それに自民党・親中派の議員が連携して死守しているからということになる。

問題は、他国には「近隣諸国条項」が無いのに何故、日本だけあるのか、ということも含めて、自国民が誇りを持てるように歴史を教えるのは独立国として当然である。

それを知ると、第1次安倍内閣で「日中の歴史共同研究」をやったことは明らかなマイナスであった。北岡伸一座長のもと、左翼学者を多く入れ、侵略戦争と南京虐殺の事実を認めたからである。

今後も近隣諸国条項の議論は続こうが、仮に外せても、「日中の歴史共同研究」で認めたことを覆すのは相当の労力がいる。

北岡氏を座長にした外務省・チャイナスクールの媚中ぶりを含めて、第1次安倍政権の罪は重いと言わざるを得ない。

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】

「学び舎」のとんでも教科書

教科書検定 一発不合格

文科省による教科書検定では、正しき歴史観を持って書いた「つくる会」が編纂、自由社刊行の歴史教科書が、不正に不合格にされたことを記載してきました。

今後も調査官の不正の手口を書いていきます。暴露本も発行されますので、併せてお読み頂ければありがたいです。

今回は、合格した「学び舎」のとんでも教科書に何が書いてあるか、概略ですが、お知らせします。

「学び舎の教科書」は、共産党が得意とする「階級闘争史観」が、随所にちりばめられています。
さらに、「自虐史観、贖罪史観」もちりばめられているのです。

はっきりと申し上げると共産党の機関紙と言っても良いようなものなのです。

その教科書が採用された学校では、反日日本人が日本人の手によってつくり出されていくのです。

つまり、自家増殖です。ウイルスが変形し手を付けられなくなるように、日本の子供達の心が蝕まれて行くのです。

残念ながらワクチンとして機能していた「自由社の教科書」が無くなるのですから、日本人とその精神とが、崖っぷち立たされているのです。

次に、検定合格した7社の教科書は、市区町村の教育委員会で、どの教科書を使うか、採択戦が始まります。

そこにも、罠があります。

日教組が入り込んだ教育委員会は、自分たちの息のかかった教科書を嬉々として採択し、子供に与えるのです。

挙句に、日教組の教員が学校でそれを嬉々として子供たちに教えるのです。

たまったものでは、ありません。彼らの思うツボ、子供達は静かに反日に染められていくのです。
やがて大人になり、省庁に就職したものは、洗脳されているので知ってか知らずか、反日行政を行っていくのです。

それが、今の日本の文科行政であり、人も組織も堕落しているのです。

これ以上この状態が続けば、日本はまもなく内側から崩壊してしまうでしょう。

それが、教育再生を掲げてきた、安倍政権でなされてしまうのですから何とも無残であり、皮肉としか言いようがありません。

がっかりです。

かって、共産党幹部が、「教科書を共産党員が作り、それを文部省が子供に与え、日教組の教員が学校で教えれば革命は成就する」という趣旨の発言をしていたのです。

それが、令和の日本で、実現し始めたのです。

「自民党が、自民党を破壊し、教育を司る文科省が、文科省を破壊し始めた」と私には映るのです。

今回の歴史教科書検定は、そのくらい酷い不正検定なのです。

我々は、この政治ウイルスの蔓延を日本国民として阻止しなければなりません。

そうでなければ、日本は日本でなくなり、舌なめずりしてる独裁国家にいとも簡単に占領されてしまうのです。

占領されたら最後、日本人は少数民族として扱われ、神社仏閣・文化・伝統はズタズタに破壊され、弾圧・監視・虐殺の世界に放り出されるでありましょう。

戦後の教育行政再生に力を入れてきた、安倍首相と萩生田大臣のコンビで、日本崩壊のトバ口を開けてしまったのでしょうか?

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】

教科書検定 一発不合格‼️ に対する『正論』の主張‼️

教科書検定 一発不合格

【教科書検定 一発不合格‼️ に対する『正論』の主張‼️】
〜 不合格後の自由社の対応と正論編集部の主張 〜

全ては結果論の後付けの議論だと見過ごすのですが、保守系の言論雑誌の『正論』だから捨て置けませんでした。

評論家ではなく、正論編集部としての論文であり衝撃的でした。

また、手厳しい言葉も少なくなく、真摯に提言を受け入れなければならないのかも知れません。

自由社の主筆である藤岡信勝先生が、検定不合格後に上梓された「教科書抹殺」も読み、教科書検定の経緯や教科書調査官の審査過程における対応についても理解しました。

また、正論編集部の主張に理解できる点もあり、最終的に、自由社はこれからどのようなシナリオのもと活動していくのかが重要かなと思います。

正論編集部の意見も参考にして建設的な方向のシナリオを描いて欲しく思います。

見解の相違があるかも知れませんが、正論に掲載された事例には、合点のいく解釈もありました。

気になる記述は次の点であり、再度、関係者でお考え戴ければと思います。

○ 歴史に関する見識が高く、教科書をよくしたい熱意ある執筆陣はいるが、教科書づくりの実務に通じた経験者が乏しいという弱点が露呈したことは否めない。

○ 不合格が合格に履る可能性は果たしてあるのだろうか。もしそうしたことが現実になれば、それは教科書検定が部外者の批判や外圧、政治的な判断などで履ってしまったことを意味する。

別件ですが、今回の新しい歴史教科書に大東亜戦争における大きな転換的となったパレンバン落下傘部隊による石油基地、飛行場制圧の項目が追加されました。

「石油に始まり石油に終わった」と昭和天皇が戦後、述懐された戦争でしたが、大東亜戦争を語る時には外せない戦闘でした。

折角、掲載戴けたのですが、編集者の方がどうこの作戦を理解され、生徒たちに伝えようとされたか、些か疑問が残ります。

第二節 第二次世界大戦と日本(239ページ)には落下傘攻撃のことを「空挺攻撃」とあり、別の個所では、パレンバン降下作戦と記述されてあります。

「降下作戦」「空挺攻撃」を今の若者が落下傘部隊とイメージ出来るでしょうか?
また、地上部隊の進軍では奇襲が出来ないため、「奇襲」つまり不意を衝くために落下傘部隊が導入されたのです。

その点を理解されておれば「落下傘」は外せない文言なのです。

戦記に詳しくない方が編集されたのでしょうか?
当事者としては些か残念な部分です。

次回に編集される時には、必ず「落下傘部隊」と記述して欲しいものです。

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【「空の神兵」顕彰会 会長・奥本 康大先生の投稿から頂きました。】

教育は国家百年の大計 序章

◇教育は国家百年の大計

教育は国家百年の大計 序章
 教育はまさに『国家百年の大計』であり、日本と日本人の将来を左右する未来への重要な投資です。
この国家の将来を左右する大切なことを「教師は労働者である」とした教職員組合という組織に大きな問題があるのです。
「教師は聖職者か労働者か」ということが近年よく論議されることですが、教師は労働者でもなければ聖職者でもありません。
労働者は「もの」を作る人間です。しかし、教師は「人」を育てるのです。
「人」を育てる教師ならば、自ずから重大な責任を自覚して当然です。
それなら、教師は聖職者か、ということになりますが、教師も神ならぬ身である以上、それは要求する方が無理なのです。
それでは、いったい教師とは何か?ということになりますが、答えは唯一つ「教師は倫理者でなければならない」この一言に尽きるのです。
先の述べましたように、教師は「人」を育てるのです。
この「人」を育てるということが、如何に価値ある志事であるかを忘れた教師はもはや教育者ではありません。
それなのに「教師は聖職者か労働者か」などという、空疎な論議を十年一日のごとく繰り返しているようでは、いつまでたっても不幸なのは子どもたちです。
 子どもたちは、聖職者としての教師を求めているのでもなければ、労働者としての教師を求めているわけではありません。
子どもたちが心から探し求めている教師像は、一人の人間としての先達であり、人間として正しい生き方とは何かという論理を教え、また実践を示してくれる人なのです。
今日の教育の荒廃は戦後教育の直接の責任者である教師自身です。
彼らは教職員組合の名のもとに種々の政治活動や賃上げ闘争によって自分らの主張を通すために授業を放棄して労働組合のようにストライキを行ってきたのです。
そして、その要求は次第にエスカレートして「週休二日制」を主張するに至ったのです。
教師の週休二日制は、必然的に子どもたちの教育の週休二日を余儀なくさせることに問題があるのです。
労働の価値は、週休二日によって高まります。
極端にいえば、五日間の労働で一週間分の労働力をうみだせば、それで良いのです。
しかしながら、教育はそうはいきません。教育に週休二日制を採用することで、そこに週二日の「教育の空白」ができるだけです。
 私はあえて「教育の空白」と申しましたが、戦後の日本の教育は、まさにこの「教育の空白」そのものでは無かったと思えるのです。
労働者であれば、効率を考え最新の技術を駆使して今までより短い時間でものを作ることや、パソコンやインターネットを使い、書類の作成や管理の仕事をこなすことができます。
しかしながら、教育は教科書をマニュアルに沿って効率を考えて時間を短縮することは無理なことです。
授業時間内で教科の内容を進めるだけでは教育とは言えないことは周知の事実です。
そして、学校は学び方を学ぶところであることを忘れてはなりません。
試験に合格することが目的ではなく、あくまでも学んだ内容をどこまで理解できているかが大切なのです。
人生の中で、学校で学ぶ時間は短いのです。
小学校六年、中学校三年、義務教育は合計九年です。準義務教育の高校三年までで十二年です。
その後、生涯にわたり学び続ける意欲と新しいことについて学び、理解できる基礎的な教育を施すことが教師としての務めです。
戦後七十年、倫理観のない教師が、他の産業と同じ価値観の労働者として教壇に立っていたという事実が今日の教育の荒廃を招いたといっても過言ではありません。
教職員組合を組織し自らの「我」を通すためにはストライキも辞さないという教師たちにどうして真の教育が出来ましょう。
そして、子供たちが希望を失い、やがて無関心、無気力、無感動の三無主義の高校生になっていくのです。
この現実こそが国家百年の大計たる教育をないがしろにしている事実を知らねばなりません。
なぜなら、教職員組合に代表される今の日本の教育界は教育にとって一番大切な「倫理」を失っているからです。
彼ら一部の教師たちは子どもに教える倫理を持たないばかりか、自分自身も教育者としての倫理も失ってしまっているのです。
一方、今日の教育の荒廃は父兄である親たちにも一端の責任があります。
多くの親たちが自分の子どもを有名校に入れて、学校を卒業してのち、人より高い地位につき、人より金持ちになることが、我が子の将来にとって唯一の幸せの道であると考える親に、真の家庭教育が出来る筈もありません。
本当の人間とは、我を捨てて社会のために尽くし、人に喜ばれ、人から尊敬される人間をいうのです。
そしてまた、そういう人間になってこそ、初めて人は真の幸福を得ることができるのです。
日本の親たちは、子供の教育上のトラブルや非行化の問題などを、ともすれば学校の責任にします。
確かに教師にも責めるべき点はあるにしても、学校教育と同等に、いや、それ以上に大切な家庭教育も満足にしないでおいて、非行化したのは学校の責任だというのではあまりにも身勝手という他はありません。
しかし、教職員組合主導による教育の荒廃は、今は親になり祖父母になっている人々の教育をないがしろにしたところに原点があるのです。
次回は、なぜ、戦後の混乱期に教職員組合が組織されたのか?
何を目的に共産主義や社会主義を信奉する組合ができた経緯を辿りたいと考えています。

日本を墜落させた戦後教育

日本を墜落させた戦後教育
「教育は国家百年の大計」 といいます。
今の日本を創ってきたのも教育ならば、これからの日本を創るのも教育です。
「平等・人権・平和」 の名のもとに日本人の背骨とも言うべき 「精神」 を骨抜きにした 「戦後教育」 にお引き取り願い、本来の教育の目的を取り戻し、来世紀の子孫を苦しめることがないよう、切に願います。

◆ 塗炭の苦しみにあえぐ日本
今の日本は、戦後の経済繁栄を築き上げたあと、その間に蓄積されてきた欠陥や、なおざりにしてきた課題が一挙に露呈し、相互に絡み合って、解決不能の局面にあえいでいるかのように思えます。
政官民の分け隔てない、倫理観の喪失をはじめ、特に最近目立ってきた、学生や若者たちの破滅的な言動を見るときに、日本人というよりも、人間的な規律と規範の乱れが、急速に、しかも激しく若者たちや社会を蝕み始め、各所にその症状が現われ始めように思えます。
この原因はいったい何なのか、そして、この窮地から脱するにはどうすればよいのでしょうか。

◆ 戦後教育50年の結論
「 政策上の失策は、影響は大きいが、それに気付いて改めれば鏡面の曇りをぬぐうのと同じで痕跡は残らない。
しかし、教育の場合は、アヘンのように全身に毒がまわって表面にあらわれるまでは歳月を要し、回復には幾多の歳月を要する 」 とは、かつての福沢諭吉の言葉ですが、まさに50年たった今、その症状が現われてきたと言えるのではないでしょうか。
いま直面しているさまざまな不祥事や、若者たちの暴走の淵源を深く考えたとき、その原因はいずれも、戦後50年の間に教育が無視してきた、 「 道徳観や倫理観 」 の希薄化に行き着くと言わざるをえないと思います。
最近、 「 平等主義が学校を殺した 」 という言葉を目にしましたが、私たちは確信をもって 「 人権・平等・平和 」 という戦後教育は完全に失敗であったと、勇気をもって結論を出す時期が来たように思います。

◆ 教育の目的とは何か
現在の教育の問題点を考えたときに、まず思うことは 「 教育の目的を見失っている 」 ということです。
教育は何のために行なわれるのでしょうか。
その原点とはなんでしょうか。
教育の真義とは 「物事の善悪を分ける力を身につけさせて、よりよき判断をするための智慧を獲得させること」 にあると思います。
多くの間違いを避けるための 「 転ばぬ先の杖 」 を体得するための知識を教えることが 「 教育の原点 」 にあると思います。
毎年毎年、次第次第に、悪を捨て、善を取ることが容易になってきてより早く善悪がわかり、より早く決断ができるよう導くことが、教育の理想であると思います。
そして、善を取り、悪を捨てることが確実にできる人が、結局は立派な人であり、すなわちこれ 「 偉人 」 であるのです。
ジョン・F・ケネディー( アメリカ第35代大統領 )は、 「誤った教育を受けた子供は、道に迷った子供である」 と述べましたが、特に今の日本の子供たちは、この善悪が判断できなくなり、行くべき方途を見失った迷子のようです。
まさしく教育の失敗であり、教育の本来の使命が果たされていない結果ということではないでしょうか。

◆ 人の心は自由にできない 原点は後ろ姿での教育
昨今の教育関係者の発言を聞くときに、大変心配する事があります。
それは、最近の学校の荒廃の責任を、子供たちに押し付けているように思えることです。
子供たちに、 「 思いやりをもってほしい 」 とか 「 命の大切さを知ってほしい 」 などと、子供たちが変わることばかりを、要求しているように聞こえますが、そこには、大切な原則が見落されています。
それは、 「 人の心は自由にできない 」 という黄金律です。
自分自身を振り返ると、よくわかると思いますが、自分自身の心さえ思うようにならないのが真実ではないでしょうか。
自分の心がままならぬのに、ましてや、他人の心ばかりを変えようと焦ることは、愚かなことなのです。
まずは大人や親が、えりを正すべきであります。
自分自身が人間としてどれほど立派な生き方をしているのか、これをよく、えりを正して考えてみることが必要だと思います。
そして、背中でもって教育をする、後ろ姿でもって教育をするという方針を貫き、その 「 影響力 」 や 「 感化力 」 で子供たちを導いていくことが教育の原点であり、いま最も必要とされていることだと思います。

◆ 未来への希望は道徳教育の充実
「 修身・斉家・治国・平天下 」 という言葉が、儒教の四書のひとつ、 「 大学 」 にあります。
これは、心を正しくすることが、身を修めることになり、それが、家をととのえて、国が治まることにもつながるという意味です。
「 修身 」 ・ 「 家庭における徳育 」 と言えば、古くて時代錯誤に過ぎないと軽視することは、あまりに愚かなことであります。
今、父性的な 「厳しさ」 は影をひそめ、母性的な 「優しさ」 ばかりが、過保護や過干渉という形であらわれ、家庭のバランスが崩れています。
そして、結局はそこから社会の混乱を呼び起こしているのです。
この出発点には、当たり前のしつけができる親がいなくなり、情操教育( 人間の真なる生き方を子供に教えること )というものがなされなくなった状況があるように思います。
あのノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士も、小さい頃から、祖父によって 「 四書五経 」 という中国の古典を素読させられ、そしてしっかり勉強していたという話が伝えられています。
ですから、私たち大人や親はそうした古い教養書、または道徳書、あるいは宗教書、こうしたものをつね日頃勉強して、その中で心に留まる 「 光の言葉 」 というものを記億し、折りにふれて子供たちに伝えてあげることが、何よりも大事なことであると思います。
今、教育界やマスコミには勉強自体を否定する空気があるように思いますが、これも間違っています。

◆ 「知は力なり」 「知ることは喜びである」
本来、知ることや学ぶことは、人問にとって喜びなのです。
ですから、まず、こうした徳育というものを家庭を中心に行ない、また、家庭以外の学校においては 「 真理をともなう知識 」 を獲得するための教育をしっかりと行なう。
これこそが、多くの人々や社会に有為な人材を育て、希望の未来を開く鍵であると思います。