正論編集部の「つくる会」批判に反論する(2)


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●正論編集部の「つくる会」批判に反論する(2)

●「一発不合格」制度への無理解

 では、正論編集部論文はどのように書いていたか、それを見ることにしよう。

なお、以下で、「正論」六月号からの引用は、すべて【 】で括って示す。
 正論編集部はその論文の冒頭部分で次のように書いている。

 【不合格が確定的となった二月二十一日、「つくる会」は文科省で記者会見を開き、文科省への抗議・批判と検定のやり直しなどを求めた。】

 間違いである。「不合格が確定的となった」のは、二月二十一日ではない。

それよりはるか以前、前年の十二月二十五日に「確定した」のである。

これはこの制度について認識していないが故の間違いであり、決して些末な間違いではない。

以下は、個別の事例の分析の結論部分に書かれている文言である。

事例の内容自体については紙幅の関係で、別の機会に取り上げる。

 ▽「共産党政権」について。
 【文科省の主張を聞き入れずに「指摘はおかしい」と反発するやり方が果たして妥当だったのだろうか】 前提が間違いである。

「文科省の主張を聞き入れ」るかどうかの選択肢は自由社には与えられていない。

一方的に欠陥箇所のリストを渡されただけで、先に述べたように、「検定意見」は交付されていないのだから、ことは即座に終わっている。

 【これではまず妥協点など見いだせずに終わってしまうだろう】 交渉の余地がないのだから「妥協」する・しないなど、そもそも問題になり得ない。

 【指摘された検定意見を踏まえて修正しなければ合格はない。

そのことは、「つくる会」もはじめからわかっていたはずである。】 当たり前だ。

これを「釈迦に説法」という。

過去五回、耐えがたいほどの妥協をし、教科書調査官の言いなりに修正して合格してきた。

その道を断ったのが「一発不合格」制度なのだ。

 【不本意でも検定意見を踏まえた教科書記述を最大限模索し歩み寄る。

そうしたことはできなかったのか。】 できない。

そうした機会は一切ないからだ。 

【検定側と執筆側の主張を両立することができないか、模索するのだ。】 あり得ない。

問答無用で殺された死人には口がないからだ。

 【・・・と修正すれば、文科省のいう記述の正確さも、本質を見失うことも回避できたのではないだろうか。】 ここは文脈が乱れていて意味が通じない。

ともかく、繰り返しになるが、「修正」など一切認められていない。

 冒頭の部分と、一つ目の事例だけで、すでにこれだけの間違いがある。

数えると、七件にもなる。(つづく)

【新しい歴史教科書をつくる会・藤岡 信勝 副会長の投稿から頂きました。】