「教科書検定 見えた左派の根」

-不正検定事件


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「教科書検定 見えた左派の根」(阿比留瑠比氏)

2月21日に「つくる会」が文科省で記者会見して以来、文科省による「不正検定」問題は様々な波紋をよんでいますが、この間現れた論説の中で最も重要なものは、2月27日付けの産経新聞に掲載された、阿比留瑠比・産経新聞論説委員兼政治部編集委員の上記表題の文章です。

教科書問題や歴史認識問題などで自民党の若手議員が結集したことが一つの基盤となって成立した安倍政権下で、このような事態が生じたことの驚きと、政官関係の異変について問題を提示している点で、教科書検定問題の最も重要な核心に迫っています。

以下に転載します。

■阿比留瑠比「極言御免」より

「何でもあり」の政界を長く眺めていると、大抵のことは驚かなくなるが、今回の事件には衝撃を受けた。

来年度採択の中学校の教科書検定をめぐり、「新しい歴史教科書をつくる会」(高池勝彦会長)が推進する教科書(自由社)が不合格になった件である。

若手議員の頃から教科書正常化運動の牽引(けんいん)役となってきた安部晋三政権下で、しかも運動に率先して携わってきた自民党の萩生田光一氏が文部科学相を務めているこの時期に、その流れに真っ向から逆行するようなことが起きたのである。 

◇調査官意見こそ欠陥

改めて、文科省の抱える闇の存在を意識せざるを得ない。

平成6年に自民、社会、さきがけの3党による自社さ政権ができて以降、文科省(当時は文部省)は日教組となれ合い続けてきたとはいえ、今回のような露骨な「つくる会」教科書つぶしが行われるとは・・・。

 「つくる会」の藤岡信勝副会長は指摘する。

「これはむちゃくちゃな不正行為だ。

あらかじめ自由社の教科書を落とすことを決めて、欠陥を探すというより、でっちあげている」

確かに、文科省の教科書調査官が示した「欠陥箇所」には納得がいかないものが多い。

詳細は本紙で既報(22日付朝刊など)なので省くが、例えば仁徳天皇が「世界一の古墳に祀(まつ)られているという表記が生徒が誤解するおそれのある表現とされ、「葬られている」が正しいとする調査官の意見はどうだろうか。

実際に仁徳天皇陵古墳(大家古墳・大阪府)では現在も皇室祭祀(さいし)が行われている上、藤岡氏によると、仁徳天皇が確かに同古墳に埋葬されているかどうかは考古学的に確定していない。

むしろ、調査官の意見の方に欠陥があるといえるのではないか。

前回の検定で合格した記述が、欠陥とされたケースもあり、つくる会側が調査官の「底知れぬ悪意を感じる」と述べるのももっともだろう。 

◇平成12年の工作事件

筆者は、この教科書調査官による不合格工作報道を読んで、平成12年にあった類似するケースを連想した。

「つくる会」のメンバーが執筆者に含まれた中学歴史教科書について、文部省の教科用図書検定調査審議会委員を務める野田英二郎元駐インド大使が不合格とするよう多数派工作を行っていた事件である。

外務省チャイナスクール(中国語研修組)出身の野田氏が、他の委員9人に手紙や電話で不合格を働きかけていたことが発覚し、野田氏は「審議の公正を損ないかねない」として教科書価格決定小委員会に異動させられたのだった。

野田氏は日中友好会館副会長を務めており、過去に日米安全保障条約について「冷戦時代の遺物」と述べたり、北朝鮮による拉致問題に関し「(日本政府は)北朝鮮に対して拉致疑惑を強調しすぎている」と主張したりした人物だった。

そして藤岡氏によると、現在の教科書調査官の中には毛沢東思想の研究者も含まれているという。

安倍首相は第1次政権の発足前、周囲にこんなことを語っていた。

「左派勢力は、自分たちの思想をオブラートに包み隠して政府の審議会などに委員となって潜り込み、自分たちの考えを政策に反映させている。

それに対し保守勢力は、正面から意見、主張をぶつけてはつぶされている」

だが、今回の検定結果は皮肉にも、それを承知しているはずの安倍政権下でも、左派勢力がしぶとくあちこちに根を張り巡らせていることをまざまざと見せつけた。 

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)

【新しい歴史教科書をつくる会・藤岡 信勝 副会長の投稿から頂きました。】



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文科省の教科書不正検定について何度でも書きたい!

不正検定


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文科省の教科書不正検定について何度でも書きたい!

今回の自由社の歴史教科書に関する文科省の政権に対するクーデターを許すことは出来ない。

国の道を誤るものだ!

大いに拡散して頂きたい!

戦後GHQによって完全に近い程、歪められた日本の教育空間。

よりによって、その教育再生を目指しコンビを組んできた、安倍首相と萩生田文科相大臣を狙い撃ちにしたのが、今回のクーデターだと判断せざるを得ない。

この文科省の動きは、国民にとって看過できないものである。

教育のやり方一つで、国は発展もするが、崩壊もしてしまう。

明治の教育勅語一つで国民が崩れかかった規律を取り戻し、日本が、世界に観たる国へと発展できたことを歴史は証明しているし、誰もが認めざるを得ないものである。

教育は、コインの裏表でもある。当然のことながら、お天道様が見ているという日出る国の古代からの「公け重視」の教育は、子供たちを間違いなく人としての高みに導くが、隣国に蔓延するような、オレガオレガの世界、自分だけが良ければ後は構わない「私重視」と言う真逆の教育は、当然のことながら子供達を低きに導く。

どちらが、良いかは、今のコロナ騒ぎを見てもわかるし、自明の理であろう。

その論に立って考えると、文科省の中に巣くう「私重視」の思想で染まった調査官が、「 嘘で固めた歴史を国民に教え、且つ私重視をする」隣国の意向に沿った教科書を合格させているのである。

故に日本の良い所である「公け重視」が蝕まれていくのである。

また、見方を変えると、我々の血税を使って、小さな自由社と言う教科書会社を潰すという構図も見えてくる。

教育行政の上に立ち、教科書検定と言う崇高な役目を持たねばならぬ、文科省の調査官や審議会は、4年前にとんでもない検定基準をつくり、一教科書会社を葬り去ったのだ。

それだけ、高みに立って検定基準をつくる人たちであるならば、彼らに一点の曇りも、一件の検定の間違いも許されない、そうでなければ間尺に合わない。

既に報じられてご存じと思うが、自由社の欠陥箇所405件の内「生徒が理解しがたい・生徒が誤解する」が、292件72%を占めている。

これらは、隣国の意向を汲んだ調査官にとって、いくらでも欠陥箇所を「積みが上げ」られる魔法の手口なのだ。

まさに「罪み上げ」である。

今、縁あってこの分析しているが、とんでもない事が露見してきた。

前回合格した箇所、又は、修正して合格した箇所も今回は不合格(自己否定)。

他社の教科書のある記述は合格しているが、自由社の記述は不合格、新しく追加したものは、ことごとく不合格等々。

日本の危機なので敢えて書くが、一件の検定の間違いも許されないのだが、あろうことか二百件に届く勢いだ。

なお、この中には、双方で真摯に確認・調整しなければならない意味不明のものの多く含まれるのだが、文科省が一方的にそれを拒否している。

明らかにやり過ぎなのである。

公務員法に照らして見ても公平性を欠くし、法を犯していると言わざるを得ない。

公開討論会を求めているが、まだ、開かれる気配はない!

そのために、日本人として我々の怒りは消えることはない。

この文科省の不正検定に関して、4月28日に産経新聞に意見広告を出させていただきました。

寄付者のお名前も掲載されます。

コロナ騒ぎで大変な時期でもあり大変恐縮ではございますが、日本を救う思いをお持ちいただいて、ご寄付をお願い致します。力になります。

郵便振替口座[記号番号]00100-9-731588[口座名義]文科省「不正

【新しい歴史教科書をつくる会・藤岡 信勝 副会長の投稿から頂きました。】



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【検定制度の起爆剤に!】


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松沢成文参議院議員(維新の会)の『教科書抹殺』の書評が、産経新聞に出ていた。

真実をついている優れた書評である。

【検定制度の起爆剤に!】

【中学校の教科書検定で、「新しい歴史教科書をつくる会」が進める自由社の教科書に405カ所の欠陥があったとして、一発不合格になった。

だが、欠陥があるのはむしろ、現行の検定制度の方ではないか。

 それを気付かせてくれるのが本書だ。

405カ所の指摘のうち7割以上は「誤解するおそれのある表現」、あるいは「理解し難い表現」という、教科書調査官らの主観的判断である。

本書ではこのうち100カ所について、教科書調査官らの指摘事由と、つくる会側の反論をのせているが、坂本龍馬の功績をも否定するような指摘など、それこそ「理解し難い」事由が多いことに読者は驚くだろう。

 私は検定結果の公表前、3月10日の参議院文教科学委員会でこの問題を取り上げ、幾つかの記述についてなぜ欠陥なのかを問いただした。

ところが大臣も文科省幹部も「現時点では中身のコメントは差し控えさせていただきます」と繰り返すだけだった。

検定結果が公表された今、少なくとも本書の100カ所の反論に、文科省は誠実に答える必要がある。

 そして、情報公開が不十分な現行の検定制度を、抜本的に見直す必要があろう。

 本書が詳述するように、以前の制度は、修正しないと認めない「修正意見」と改善点をアドバイスする「改善意見」に分かれていた。

それを「検定意見」に一本化し、全て欠陥とカウントして一定数以上を不合格とするのが現行制度だ。

これだと執筆者が萎縮し、検定というより検閲になってしまう。

 そこで「一発不合格制度を廃止せよ」と、本書は説く。同感だ。

以前の制度を復活し、「改善意見」が出された段階で途中経過をいったん公表すれば、検定の透明度が高まり、教科書そのものへの信頼も高まる。

 日本の歴史に関して他国にお伺いを立てるような近隣諸国条項も、あわせて削除すべきだ。
本書は、そうした検定制度の「欠陥」を「修正」する起爆剤となるに違いない。

 なお、つくる会教科書の市販本「検定不合格 新しい歴史教科書」(自由社)も刊行された。

本書と併せて読むことで、教科書検定の問題点が、より明らかになるはずである。

評・松沢成文(参議院議員)

【松沢成文(参議院議員)様の投稿から頂きました。】



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「不正検定問題」で文科大臣は「国家の意思」を

-文部科学省


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「不正検定問題」で文科大臣は「国家の意思」を示して頂きたい

つくる会東京三多摩支部の支部長・澤井直明さんのフェイスブックへの投稿をシェアーさせていただきます。

選挙区で長年応援してきた萩生田文科大臣への期待のことばです。

なお、この投稿の中に次の一節がありますが、わかりにくいので(澤井さんご自身は分かっておられるのですが、全く予備知識のない人には伝わりにくいと思われるので)引用のあとに、解説しておきます。

まずは、当該パラグラフの引用です。

【なお、「自由社の歴史教科書」不合格理由は、欠陥箇所(生徒に誤解を与える。

理解しがたい)が、72%を占めるというが、これは、欠陥箇所でなく検定意見が正しい。

教育を司る文科省が、言葉をヘンシンさせるのは、かなりまずい。

この表現一つを見ても大きな悪意を感じるのは、私だけであろうか?】

次に、この解説です。3つの内容に分けて説明します。

 1)自由社歴史教科書の不合格理由は、2016年(平成28年)4月1日から施行された「一発不合格」の新制度に基づき、検定意見が申請した教科書(通称「白表紙本」)のページ数(314ページ)の1.2倍を超えたため、というものです。

以前はこの制度はばく、欠陥箇所が多くても教科書を作り直せば合格する道が開かれていました。

なお、405箇所は白表紙本のページ数の1.3倍弱にあたります。

 2)405箇所の内訳は、単純な誤記・誤植や事実の間違いは僅かで、「生徒に誤解を与える表現である」「生徒が理解しがたい表現である」という、教科書調査官の趣味や思い込み、私見が入り込みやすい検定基準によるものが全体の72%を占めています。

この基準を利用して、指摘箇所の無理な積み上げ・水増しをして不合格ラインにまで数をつり上げたことは間違いありません。

 3)通常の検定では、指摘箇所は「検定意見」と呼ばれ、それに基づいて教科書会社が修正すれば合格する仕組みですが、新制度の導入により指摘箇所の数が上記のような基準を上回ると、「検定意見」ではなく「欠陥箇所」に名称だけがヘンシンするのです。

しかし、内容は指摘箇所を列記した表で、全く同じものです。

教科書をよりよくするための「検定意見」を、教科書を落とすための「欠陥箇所」に読み替えるのは、別のカテゴリーのものを同一視する誤りを含んでいますから、この点は今後教科書検定制度改革の重要な論点になります。(藤岡記)

■澤井直明さんの投稿

今こそ、国家の意思を示して頂きたい!

これでは国が持たない!

今や日本は、未曽有の危機にさらされている。

その脅威となる筆頭が独裁国家中国である。

その中国が、我が国に示す脅威を外側から来るものと内側から忍び込んでいるものに分けて考えたい。

外側からの直接の脅威は、なんと言っても尖閣諸島に、軍の指揮下に入った海警局の武装大型船が、連日侵犯を続けていることにある。

また、日本国民の生命線である石油を運ぶルートの遮断を目論み南シナ海の島を軍事基地化したことにある。

その国が、今なお人権弾圧や大量虐殺、生体臓器移植を続け、人工的に作った武漢ウイルスを全世界にまき散らしている、誠に危険極まりない。

一方、内側からの脅威は、神奈川県の面積に匹敵するほどの広大な土地の爆買いや、政治ウイルスのまき散らしである。

その悪しき成果は、トロイの木馬ならぬステルス族の議員や官僚の増殖にある。

少し、関連する話題に飛びたい。人は、まっとうに生きようとするものである。

日本人は、古来よりその精神を大切にして国を営んできた。

それは、人としての根底にある道徳観であり、禊や神社参拝もその表現方法の一つであろう。

その連綿と続く、大切な心を学ぶのも歴史教育である。

今、文科省の歴史教科書調査官が、その歴史教育を破壊し始めた。

なんと、4人の調査官の内、分かっているだけでも一人が、毛沢東思想の研究者であり、現職の韓国霊山大学の専任教師である。

もう一人が、家族破壊を目論むジェンダーの研究者である。

まさに日本の歴史崩壊を目論むスティルス族が、あろうことか、教育の中枢の文科省に巣くっているのである。

**************************************************

森下の追記分です。

それは、前任の文部科学省の行政TOP・前川事務次官の退職後の活動を見ても明らかである。

公安調査庁から、監視団体として指定されている日本共産党と手を組み、応援をしている事実からも、既に教育の砦「文部科学省」は反日売国奴に乗っ取られたといっても過言ではないでしょう。

後任の事務次官をはじめ文部科学省すべてを監察し反日売国奴を駆逐する必要があります。

**************************************************

このような、誰が考えてもおかしな人事を、誰がしたのであろうか?

我が国の大切な歴史教育を、よりによって韓国の大学専任教師で、独裁国家を礼賛したり、国を作る基本中の基本である家族の崩壊を目論むジェンダーフリーの調査官に委ねて良いわけがないであろう。

今、客観的に見て、「日本国民にとって大事な精神を、最もよく反映している自由社の歴史教科書」が、このような心のない調査官によって不合格にされてよい訳がない。

彼の調査官は、国民全体の公僕を謳う国家公務員法の「国家公務員倫理法」に照らし合わせてみると懲戒免職に匹敵するようだ。

このような暴挙を許した文科大臣の責任も追及されても良いだろう。

あれほど安倍政権を倒すのに躍起な野党議員もこの件では、だんまりだ。

このことからも、共産中国のスティルス議員が、いかに多く跋扈しているかが分かるというものだ。

しかし、その矢面に立つ文科大臣は、若手の時から、安倍首相と共に力を入れてきた萩生田光一議員であるから始末が悪い。

私の選挙区の議員でもあり、応援しているので大変心苦しくもある。

なお、「自由社の歴史教科書」不合格理由は、欠陥箇所(生徒に誤解を与える。

理解しがたい)が、72%を占めるというが、これは、欠陥箇所でなく検定意見が正しい。

教育を司る文科省が、言葉をヘンシンさせるのは、かなりまずい。

この表現一つを見ても大きな悪意を感じるのは、私だけであろうか?

文科省には、不合格の撤回と国民に対する謝罪、および調査官の懲戒免職を求めたい。

おりしも、武漢ウイルス感染拡大を防ぐため全国の小中学校の休校を決めた安倍総理の要望に関して、萩生田文科大臣は記者会見で、「国家の意思を示した。」と述べた。

国家百年の計を誤る今回の「一大教科書事件」に関しても、国家の意思を示して頂きたい

【新しい歴史教科書をつくる会・藤岡 信勝 副会長の投稿から頂きました。】



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「新しい公民教科書」文科省検定の「見える化」-7

-文部科学省


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「新しい公民教科書」文科省検定の「見える化」-7 です。

ここからも文科省調査官の思想汚染がいかに進んでいるか、窺い知ることが出来ます。

小山ブログを要約しシリーズでお伝えしています。

その7 間接民主主義を強調して書いた。

しかし?
 『新しい公民教科書』は、直接民主主義の危険性を意識する立場から、「その6」で述べたように間接民主主義を日本国憲法の7原則の中に入れている。

間接民主主義をとっていても、ナチスのように、そこから全体主義が生まれる場合はある。

しかし、直接民主主義よりは、その危険性が少ないことは確かである。

西欧政治思想史を扱った単元17「立憲的民主主義」の中から、間接民主主義を推奨した部分を引用しよう。

◆ 検定申請本
「間接民主主義では、国民を代表する政治の専門家(職業政治家)が、冷静に論理的に議論を行い、異なる意見を調整しながら長期的、公共的な利益をはかって結論を決めていくことになっています。

ですから、間接民主主義の方が、専制政治を防ぐために生まれた立憲主義にふさわしい方法なのです。

こうして、法治主義、権力分立、権威と権力の分離、基本的人権の尊重とともに、間接民主主義が立憲主義の重要な要素となったのです。」

◆これが調査官の機嫌を損ね検定意見が付いた。

 「間接民主主義の方が、専制政治を防ぐために生まれた立憲主義にふさわしい方法」だとストレートに述べた。
これが直接民主主義の大好きな調査官の機嫌を損ねることとなり、何度も書き直させられることとなった。
調査官にとっては、立憲主義にとっての有用性は直接民主主義も間接民主主義も同等のものであるようだった。

◆修正後
 「近代国家では、間接民主主義は、直接民主主義と比較した場合、冷静に論理的に議論を行い、異なる意見を調整しながら長期的、公共的な利益をはかって結論を決めていくのに適しているとされます。

ただし、近代国家でも、間接民主主義を原則としつつ、国民自身の意向を直接反映させるために、国民投票などの直接民主主義的な方法が併用されています。

こうして、法治主義、権力分立、基本的人権の尊重とともに、間接民主主義が立憲主義の重要な要素となりました。」

◆検定後の感想
 何とか、立憲主義の一要素として間接民主主義を数えることができたのである。

しかし、これに対して、この西欧政治思想史を述べた部分では、立憲主義の要素から「権威と権力の分離」が排除されることになった。

「権威と権力の分離」が大嫌いな調査官によって削除されたのである。

 何とも残念なことであった。

ともあれ、象徴天皇の原則と間接民主主義の原則を含む7原則を掲げている『新しい公民教科書』は極めて貴重なものと言わねばならない。

以上

皆様へ、
 このように日本の教科書は、文科省の調査官の横暴なる主観によって、歪められるのである。

そして、偏見に満ちた文科省調査官の最も嫌がるのが、自由社のまともな「歴史教科書」なのである。

今回、理不尽にも「一発不合格」にさせられ、このようなやり取りさえも出来なかったのである。

 私は、5年前の「歴史教科書」の検定意見のやり取りの現場に参入したこともあるので、今回の文科省による不正事件は、余計に許せないのである。

 萩生田文科大臣は、このような現場を知る責務を持っている。

大臣特権も持っているのであるから注視すべきである。

 その点、町村文部大臣は、文部大臣としての仕事をした。

教科書に、歴史の偏見がないように、きちんとメスを入れたのであるから。

素晴らしかった。

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】



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文部科学省内で日本を崩壊させる工作が、浸透している。

文部科学省-


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今、文部科学省内で日本を崩壊させる工作が、浸透している。

教科書不正検定し、教育基本法及び学習指導要領に最も近い自由社の歴史教科書を無理やり不合格にした事と、それをセットにして、亡霊の如くよみがえらせた「従軍慰安婦」、文部科学省官僚の政権への反乱である。

関連の情報2点を掲載します。

安倍首相も萩生田文部科学省大臣もこのことをきちんと知るべきです。

FB友の情報(まさにその通りです。)

 これは文部科学省の政権と教育基本法への反乱であり、安倍政権が対抗できないと見切って打ってでた革命戦略だと思っています。

文部科学省と日教組は、村山政権以降共存関係にあり、不登校対策で共闘関係に発展させ、今回の事件で一体化しました。

日教組は、反米親中の姿勢を鮮明にしてきましたから、この裏に中国共産党の工作が存在すると見るべきです。恐るべき事態です。

 この事件に関して、サンケイ新聞令和2年3月27日、5面

中曽根氏「自虐史観記述が取ったのは問題」自民党の中曽根弘文元外相は26日の二階派会合で、令和3年度から中学校で使われる一部の歴史教科書で「従軍慰安婦」の呼称が復活し、先の大戦で日本軍が「沖縄を『捨て石』にする作戦だった」との記述があることについて「自虐史観的なものや誤った記述が通ってしまったのは非常に大きな問題だ」と述べた。

近く党文教部会などで関係者から事情を聴取する考えも示した。

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】



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靖国神社への今上陛下の御親拝の実現

靖国神社の英霊に

【靖国神社への今上陛下の御親拝の実現!!】
~45年も御親拝を賜われていないのは、英霊に対して非礼~

早いもので、令和の御代になって今日で1年が経過しました。

即位の礼等の皇室関係の行事が無事に終わった後での武漢肺炎騒ぎで、本当に良かったと胸を撫で下ろしています。(1年前だったら大変でした。)

最近は、禁足令中なので自宅で日頃できないことをしています。

また1ケ月間非常事態が延長されたため、5月24日「靖国神社」での義烈空挺隊の慰霊と顕彰の集いを延期することで再度準備を始めています。

そんな中、ふと靖国神社の御親拝について気になり、少し調べてみました。
最後の御親拝となったのは、昭和50年11月21日の秋季大祭時に昭和天皇の御親拝を賜ったのが最後となっています。

平成の御代には一度も御親拝を賜る機会が無かったのは国民として残念でなりません。

昭和50年から45年間もの間、御親拝を賜われなかったことは、大東亜戦争はじめ国の為に戦い散華された英霊に対して大変申し訳ない状態が継続しています。
いろんな経緯があってこの異常状態が続いていますが、昭和天皇は次のような御製を遺されています。(昭和61年8月15日に詠まれています。)

この年の この日にもまた 靖國の
みやしろのことに うれひはふかし

昭和天皇が御親拝をされなくなったのは、所謂A級戦犯の殉国七士が靖国神社に合祀されたからだと伝えられていますが、以降も毎年春秋の例大祭には天皇の代理として、勅使が参向しています。

昭和天皇のお気持ちは、御親拝継続であった事は容易に推測されます。

誰かが恣意的に所謂A級戦犯合祀を不愉快説をでっち上げたように思われます。
(この御製が、間違いなく昭和天皇お気持ちを表していると思います。)

それまで、靖国神社御親拝が問題にされることは無かったのに、昭和50年8月15日

に三木元首相が靖国神社参拝した時に、社会党等の野党からの質問に対して「私人参拝」と公言したことから問題視され始めています。

三木首相の自分を守る為の、軽はずみな発言から?國問題をつくり上げられたのです。

国の英霊を祀る靖国神社に参拝する首相は、公人として参拝するべきなのです。

愛国心など欠片もない情けない政治家が三木武夫元首相です。
その後、昭和53年10月に所謂A級戦犯の合祀が行われ、太平正芳元首相は参拝されたそうです。

その次が大変情けない首相が誕生しています。

中曽根元総理は、防衛庁長官まで経験し、戦時中は海軍中尉として従軍した経験者でありながら、中国からの抗議を受けて簡単に参拝を中止しました。(昭和61年8月)あり得ない話であり、戦友を蔑ろにした愚かな政治家です。

時系列で見れば、昭和53年のA級戦犯合祀の8年後の中国の抗議に屈服した情けない首相である。(以降、たびたび、中国からの抗議に屈服するのが当たり前になりました。)

三木、中曽根両亮首相がそれこそ?國神社の英霊に対する超A級戦犯となります。

安倍首相も第一次安倍内閣時にはは参拝したものの、第二次安倍内閣では実行されず、準A級戦犯となっています。

今上陛下、上皇陛下の御親拝の道筋をつくるためにも、安倍首相には今年の8月15日には靖国神社参拝を復活しても貰いたいものです
(武漢肺炎で中国は自国問題に四苦八苦している状況であり、復活のチャンスでもあります。)

【「空の神兵」顕彰会 会長・奥本 康大先生の投稿から頂きました。】



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【国家の秩序の崩壊と、マスコミの陰謀!?】

国家の秩序の崩壊と、マスコミの陰謀


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【国家の秩序の崩壊と、マスコミの陰謀!?】
~眼を覆いたくなる、日々の報道番組、ワイドショー!! ~

武漢肺炎禍で日本国の舵取りが重要な時に、テレビの報道番組、ワイドショーは社会秩序の崩壊を企てているとしか思えません。

発言の自由が民主主義の基本かも知れませんが、責任など取れない著名人、元政治家、MC、芸能人が好き勝手の放談会を演じでいます。☆彡☆彡☆彡

情けないのは、橋下 徹氏が場を弁え無い、自分は正しい的発言を、なんと閣僚相手に捲し立てています。☆彡☆彡☆彡

また、ワイドショーはこんな茶番劇を流し続けています。

これって何!?

お花畑の国民は、橋下氏が素晴らしい論客と勘違いしてしまいます。
⇒反日メディアが仕組んでいるのかも!?

また、こともあろうに、大臣が橋下氏に指示を受けているような場面も随所に見受けられました。

昨日は、萩生田大臣の大臣とは思えない橋本氏に媚び諂った対応でした。☆彡☆彡☆彡

橋下氏は、調子に乗り過ぎていますが、誰も嗜める人間がいません。

先日からメディアの酷さについて、感じた事を書いていますが、下記写真の著名人に対し秩序ある発言を促して欲しい!!

放送倫理など全く無視したような、居酒屋での放談会的ワイドショーは禁止してもらいたい!!

国民はこれを見て、国難を克服するために、一丸となって、行動しようと結束しなくなります。

これでは、補償??補償??補償??の大合唱や、デモ活動が起きるのは必至です!!

橋下氏、東国原氏他に、政府批判を繰り返しさせておけば、日本はおかしくなります。

また、このような無頼漢的立場の人間をテレビのワイドショーに出演させるメディアは如何なものかと思います。
⇒非常事態宣言中のメディア規制もすべき!!

安倍首相はじめ、子どもの頃に殴り合いの喧嘩もしたことのない、頭だけ良いお坊ちゃん政治家では難しいのかも知れません。
しかし、国難であり腹を据えて取り組んで貰いたいものです。

弱腰なのは外交だけかと思ってましたが、橋下氏、東国原氏くらいを、制御出来なれなければ、中国を崩壊に追い込めません。

対中国外交においては千載一遇のチャンスであり、是非、中国の嫌う靖国神社参拝を安倍首相は近日中に、また、天皇陛下の御親拝の復活を年内に実現させて欲しいものです。

それが、安倍内閣の最大の仕事です!!

【「空の神兵」顕彰会 会長・奥本 康大先生の投稿から頂きました。】



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子供を壊す、文科省の劣化が止まらない!

新しい歴史教科書


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子供を壊す、文科省の劣化が止まらない!

敵国を滅ぼすには、国語と歴史を取り上げればよいと言われている。今、我が国の歴史教育の「劣化・弱体化・破壊」が始まっている。

今、文科省の教科書調査官が、その歴史教育を破壊し始めた。なんと、自由社の歴史教科書を担当した4人の教科書調査官の内、一人が毛沢東思想の研究者であり、韓国霊山大学の専任講師をつとめた人物である。

***************************************************
自由社に一発退場宣言した諸悪の根源とも言うべき教科書調査官は次の四名。
氏素性を調べあげ更迭すべきだと考えます。

中前吾郎 主任教科書調査官(地理歴史科 世界史)
鈴木正信 教科書調査官(地理歴史科 日本史)
橋本資久 教科書調査官(地理歴史科 世界史)
鈴木楠緒子 教科書調査官 (地理歴史科 世界史)

***************************************************

もう一人が、家族破壊を目論むジェンダーの研究者である。

まさに日本の歴史崩壊を目論むスティルス族が、あろうことか、教育の中枢の文科省に巣くっているのである。

このような、誰が考えてもおかしな人事を、誰がしたのであろうか?

我が国の大切な歴史教育を、選りによって、独裁国家を礼賛したり、国を作る基本中の基本である家族の崩壊を目論むジェンダーフリーの人物に委ねて良いわけがないであろう。

今、客観的に見て、「日本国民にとって大事な精神を、最もよく反映している自由社の歴史教科書」が、このような心ない教科書調査官によって不合格にされてよい訳がない。

彼らは、国民全体の公僕を謳う国家公務員法の「国家公務員倫理法」に照らし合わせてみると懲戒免職に相当することをしたのである。

このような暴挙を許した文科大臣の責任も追及されて良いだろう。

あれほど安倍政権を倒すのに躍起な野党議員もこの件では、一部を除いて、殆どの議員がだんまりだ。

このことからも、共産中国や韓国のスティルス議員が、いかに多く跋扈しているかが分かるというものだ。

しかし、その矢面に立つ文科大臣は、若手の時から、安倍首相と共に歴史教育の改善に力を入れてきた萩生田光一議員であるから始末が悪い。

私の選挙区の議員でもあり、応援しているので大変心苦しくもある。

なお、自由社の歴史教科書が不合格になったのは、「欠陥箇所」が教科書のページ数の1.2倍を超えたからだというが、その中味は単純な誤記・誤植な事実の間違いは少なく、「生徒に誤解を与えるおそれがある」「生徒が理解しがたい」という理由が「欠陥箇所」総数の72%を占めている。

このような検定項目は、教科書調査官の主観的な思い込みがいくらでも入り込む余地のあるものである。

文科省には、不合格の撤回と国民に対する謝罪、およびk教科書調査官の懲戒免職を求めたい。

おりしも、武漢ウイルス感染拡大を防ぐため全国の小中学校の休校を決めた安倍総理の要望に関して、萩生田文科大臣は記者会見で、「国家の意思を示した」と述べた。

国家百年の計を誤る今回の「一大教科書事件」に関しても、国家の意思を示して頂きたい。

今こそ、国の意思を示す時だ!

【歴史市民塾・澤井コンサルタント事務所代表の投稿から頂きました。】



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日本を墜落させた戦後教育

日本を墜落させた戦後教育
「教育は国家百年の大計」 といいます。
今の日本を創ってきたのも教育ならば、これからの日本を創るのも教育です。
「平等・人権・平和」 の名のもとに日本人の背骨とも言うべき 「精神」 を骨抜きにした 「戦後教育」 にお引き取り願い、本来の教育の目的を取り戻し、来世紀の子孫を苦しめることがないよう、切に願います。

◆ 塗炭の苦しみにあえぐ日本
今の日本は、戦後の経済繁栄を築き上げたあと、その間に蓄積されてきた欠陥や、なおざりにしてきた課題が一挙に露呈し、相互に絡み合って、解決不能の局面にあえいでいるかのように思えます。
政官民の分け隔てない、倫理観の喪失をはじめ、特に最近目立ってきた、学生や若者たちの破滅的な言動を見るときに、日本人というよりも、人間的な規律と規範の乱れが、急速に、しかも激しく若者たちや社会を蝕み始め、各所にその症状が現われ始めように思えます。
この原因はいったい何なのか、そして、この窮地から脱するにはどうすればよいのでしょうか。

◆ 戦後教育50年の結論
「 政策上の失策は、影響は大きいが、それに気付いて改めれば鏡面の曇りをぬぐうのと同じで痕跡は残らない。
しかし、教育の場合は、アヘンのように全身に毒がまわって表面にあらわれるまでは歳月を要し、回復には幾多の歳月を要する 」 とは、かつての福沢諭吉の言葉ですが、まさに50年たった今、その症状が現われてきたと言えるのではないでしょうか。
いま直面しているさまざまな不祥事や、若者たちの暴走の淵源を深く考えたとき、その原因はいずれも、戦後50年の間に教育が無視してきた、 「 道徳観や倫理観 」 の希薄化に行き着くと言わざるをえないと思います。
最近、 「 平等主義が学校を殺した 」 という言葉を目にしましたが、私たちは確信をもって 「 人権・平等・平和 」 という戦後教育は完全に失敗であったと、勇気をもって結論を出す時期が来たように思います。

◆ 教育の目的とは何か
現在の教育の問題点を考えたときに、まず思うことは 「 教育の目的を見失っている 」 ということです。
教育は何のために行なわれるのでしょうか。
その原点とはなんでしょうか。
教育の真義とは 「物事の善悪を分ける力を身につけさせて、よりよき判断をするための智慧を獲得させること」 にあると思います。
多くの間違いを避けるための 「 転ばぬ先の杖 」 を体得するための知識を教えることが 「 教育の原点 」 にあると思います。
毎年毎年、次第次第に、悪を捨て、善を取ることが容易になってきてより早く善悪がわかり、より早く決断ができるよう導くことが、教育の理想であると思います。
そして、善を取り、悪を捨てることが確実にできる人が、結局は立派な人であり、すなわちこれ 「 偉人 」 であるのです。
ジョン・F・ケネディー( アメリカ第35代大統領 )は、 「誤った教育を受けた子供は、道に迷った子供である」 と述べましたが、特に今の日本の子供たちは、この善悪が判断できなくなり、行くべき方途を見失った迷子のようです。
まさしく教育の失敗であり、教育の本来の使命が果たされていない結果ということではないでしょうか。

◆ 人の心は自由にできない 原点は後ろ姿での教育
昨今の教育関係者の発言を聞くときに、大変心配する事があります。
それは、最近の学校の荒廃の責任を、子供たちに押し付けているように思えることです。
子供たちに、 「 思いやりをもってほしい 」 とか 「 命の大切さを知ってほしい 」 などと、子供たちが変わることばかりを、要求しているように聞こえますが、そこには、大切な原則が見落されています。
それは、 「 人の心は自由にできない 」 という黄金律です。
自分自身を振り返ると、よくわかると思いますが、自分自身の心さえ思うようにならないのが真実ではないでしょうか。
自分の心がままならぬのに、ましてや、他人の心ばかりを変えようと焦ることは、愚かなことなのです。
まずは大人や親が、えりを正すべきであります。
自分自身が人間としてどれほど立派な生き方をしているのか、これをよく、えりを正して考えてみることが必要だと思います。
そして、背中でもって教育をする、後ろ姿でもって教育をするという方針を貫き、その 「 影響力 」 や 「 感化力 」 で子供たちを導いていくことが教育の原点であり、いま最も必要とされていることだと思います。

◆ 未来への希望は道徳教育の充実
「 修身・斉家・治国・平天下 」 という言葉が、儒教の四書のひとつ、 「 大学 」 にあります。
これは、心を正しくすることが、身を修めることになり、それが、家をととのえて、国が治まることにもつながるという意味です。
「 修身 」 ・ 「 家庭における徳育 」 と言えば、古くて時代錯誤に過ぎないと軽視することは、あまりに愚かなことであります。
今、父性的な 「厳しさ」 は影をひそめ、母性的な 「優しさ」 ばかりが、過保護や過干渉という形であらわれ、家庭のバランスが崩れています。
そして、結局はそこから社会の混乱を呼び起こしているのです。
この出発点には、当たり前のしつけができる親がいなくなり、情操教育( 人間の真なる生き方を子供に教えること )というものがなされなくなった状況があるように思います。
あのノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士も、小さい頃から、祖父によって 「 四書五経 」 という中国の古典を素読させられ、そしてしっかり勉強していたという話が伝えられています。
ですから、私たち大人や親はそうした古い教養書、または道徳書、あるいは宗教書、こうしたものをつね日頃勉強して、その中で心に留まる 「 光の言葉 」 というものを記億し、折りにふれて子供たちに伝えてあげることが、何よりも大事なことであると思います。
今、教育界やマスコミには勉強自体を否定する空気があるように思いますが、これも間違っています。

◆ 「知は力なり」 「知ることは喜びである」
本来、知ることや学ぶことは、人問にとって喜びなのです。
ですから、まず、こうした徳育というものを家庭を中心に行ない、また、家庭以外の学校においては 「 真理をともなう知識 」 を獲得するための教育をしっかりと行なう。
これこそが、多くの人々や社会に有為な人材を育て、希望の未来を開く鍵であると思います。